退廃の美学と市場主義経済への迷走

キオスクにて
ソフィアに着いて散歩をしていると、道路の脇に小屋のようなものが目についた。どうやらホットドックを売っているらしい。ケチャップとマスタードとマヨネーズを並べた女の子が「どれにする?」と、ゼスチュアで話しかけてきた。

出てきたのは素ホットドッグ
「◇*◎○#?」「▼×□●?」。何を言っているのか分からないので適当にオーダーをしてみた。オカネを落としていく外国人旅行者だし、てっきり高値の野菜から肉までたくさん入った豪勢なホットドッグかと思っていたが、出てきたのはソーセージ以外何も入っていない「素ホットドック」だった。

一家でひたすら肉を売る
女の子はおそらく「売れたよ、お母さん!」とでも言ったのだろう。大きな声が向こうの屋台から返ってきた。女の子が呼んだ先を見ると、お母さんらしき人が肉のかたまりを焼いていた。

著名な教会がこの町にあるという
このソフィアという町、歩いていると旧共産主義アパートが目につく。圧政の歴史には考えさせられるが、鑑賞してみると古びたレゴのブロックが規則的に並んでいるように見えて特徴的である。そんなボロボロのブロックのような住宅が並ぶ町の中に点々と教会がある。この地中教会は、地下道を歩いていると突然出くわした。

転換期で選択した方向性
20世紀の末に、音を立てて崩れた共産主義国家。次々と市場主義経済へと移行していくが、その過程の中で、観光地のリニューアルも行われた。こに地中教会はエントランスの部分が完全にリニューアルされていて、昔の面影が数少なくなっていた。

過去と現在が共存する空間
半地下に設けられている小さな広場へ出てみた。この聖ペトカ地下教会は、オスマントルコ治世下で建てられたため、目立たぬようひっそりとしている。さらに地上へ出ると、近代化された交差点の中にあり、屋根しか見えなかった。背後には共産党本部。100年以上も歴史の裏側を見てきた教会だという。

激動の歴史が落ち着いて
少し歩くと、また教会と出会った。なんと10世紀に建てられたものという。この聖ネデリャ教会は、威圧的な外観にするために大改装されたり、大地震に見舞われたり、共産党に襲撃されたりするなど、バルカン半島波乱の歴史にその名を記し続けてきたのだ。

蝋燭は、ただ静かにゆらめく
イスラム教のモスクのようにドームが天井に開いている。ここはブルガリア正教。そんなことは知っているけど、アジアからやって来た旅人にはどうしてもイスラムの姿を感じずにはいられない。大きく天井が開いた広い空間の地上で蝋燭は静かに燃えているのだった。

聖人たちの目
偉人たちのフレスコ画が並ぶ壇上の隅で子どもたちがコソコソ話をしていた。だいたい子どもたちが隅でコソコソと話す時は、良からぬことを企んでいる時だ。画の中の聖人たちは、その人間らしさにクスリと笑っているのかもしれない。「変わらないなぁ」と。

顔を照らし出す光
初老のおばさんが献花しに訪れた。その動きにつられて二度、三度と蝋燭が揺らめいた。

過去への旅
十字架を持つ聖人、写真のような額を持つ聖人、さまざまなフレスコ画が画かれている。信仰心を画の中に封じ込めたひとつの完成形である。そんな年月を超えてきた画の下に木のベンチが備え付けられていた。この椅子にどんな人が座ってきたのだろう。僕は思いを巡らせ、過去を旅した。

天まで突き抜ける巨大な墓
ソフィアの町には、異国から来ると「なんだ、この形は!」と驚かされる教会が多い。このアレクサンダル・ネフスキー寺院は、外観において、その最たるものだった。

祈りを捧げよう、戦士たちに
露土戦争で戦死したロシア人兵士を弔うために1882年着工され、40年の歳月を経て完成したという。内部には3つの祭壇があり、右からブルガリア、ロシア、スラブ諸国の戦死者に捧げられている。ロシアとの結びつきも、この国を語る上ではずせない要素なのだ。

おばさん過去への旅へ
人は墓や祭壇に祈りを捧げるとき、「死」と「生」と向かい合う。このおばさんの半生を知るよしもないが、わざわざ祭壇を選んで祈りを捧げていることから、戦死者遺族の関係者だと旅人は無責任に考えたりするのだった。

寺院マトリョーシカ
アレクサンダル・ネフスキー寺院は、バルカン半島で最大の寺院だという。寺院の中の祭壇は、建物の中にまた建物があるようにも見える。

祭壇をめぐる旅
隣の祭壇は、また形が異なり、別の世界への入り口があるように見える。人が祈りを塗り重ねてきた祭壇には、えも言えぬ雰囲気を醸し出していた。

毎日の動作
物珍しそうに祭壇を見ていると、幼い子どもを連れた母と子が、音もなく現れ、祈りを捧げて帰っていった。毎日の営みなのだろう。私のように動くたびに波風が立つよそ者とは違うのだ。

恒常の揺らめき
祭壇の形状は、ひとつずつ異なっている。あるものは丸く、あるものは三角だったりする。シャンデリアの中の蝋燭が常に揺らめいている。

戦いと祈りが交差する中で
どこの祭壇にも、やはりこの人が画かれている。あなたは、世界中に広がる数えきれない教会から、この世界をどう見ているのだろうか。

ブルガリアの現在を歩く
教会を切り口にブルガリアの過去に触れ続け、疲れきった頭を冷ますため、ジェンスキ・パザールという市場へとやってきた。市場は元気の源!と思いきや、「安いよ」とつぶやくだけのおばさんが野菜を売っていた。

トマト1kgちょうだい
おばさんのオーダーに淡々と業務をこなす店員。会話なども少なく、はたはたと頭上のビニールシートが揺らめいていた。

パプリカの山
色とりどりのパプリカがうず高く積まれている。アジアと比べて野菜は変わったけど、この山盛りの野菜を見てなんだか懐かしい気持ちになった。

壺の使い方について
とても変わった模様の壺が並んでいる店を見つけた。「これで何をつくるの?」「何を保存するの?」と英語で聞いても、分からないなぁ…とゼスチュアされるだけだった。

ポケットを買う
小腹が減った頃、市場の中央に軽食店が並んでいた。ポケットと呼ばれるこのサンドイッチは、中にボール状のコロッケと野菜を満載に詰めてくれる優れもの。

胃袋つながり
ポケットを買ってかぶりついていると、いろんな人がチラッと見てきた。珍しいものでもないだろうに、影響を受けてか、「私も食べよう」という感じでポケットの購入者がちょっと増えた。言葉は通じずとも、人と人の営みは共通なのだろうと思えて、なんでか嬉しかった。

ソフィア市場主義経済
市場を出てしばらく歩くと、巨大なチュッパチャップスのペイントが現れた。その手前にはスポーツカー。市場主義経済の波がソフィアの町をのみ込んでいる。

首都なのに
ソフィアの町を出て、ルーマニア方面へ向かうことにした。ソフィア中央駅へ行くと、薄暗い駅舎がお出迎え。いつの時代か分からない木製エレベーターは稼働を停止し、プラットホームへ上がると、線路に草が生い茂っていた。

流れ往く景色と車内の調和
国境のルセへと向かう。そこで途中下車した方が電車代が安くなるからだ。ソフィアを出た電車は天井に穴が開いた家屋や窓ガラスが割れたまま操業している工場の中を進んでゆく。乗客にとって、そのような景色は単なる日常に過ぎない。

ただ、あるがままに
途中、大きな町に電車が停車した。だが、特に乗客が乗ってくるわけでもなく、活気があるわけでもなく、天井は破れ、草は自由に線路内に生えているのだった。最初は不自然な風景だった。でも、ずっと見ていると、自然に人間が負けた「ごく自然な景色」と思えてくるのだった。

車内サービスを堪能する
夕ご飯はパンをひとつ。車内サービスで買ったものだ。町のキオスクで買えば半額で買える。そんなつまらないことで、肉入りのパンを買うことができなかった。それも旅。あの駅の草のように感じたままに自然に買い物をしただけなのだ。

ルセの夜
ルセ駅に夜の9時にたどり着いた。駅を出て町を見渡してみたものの、開いている店はほとんどなかった。駅に戻ると隅に酒屋があった。ありがたい!と飛び込み、ビールを指差して持ってきてもらった。

この国へ、いつかまた
ビールを飲んでいる間、数人の客とママさんはただただテレビを見ていた。無愛想、そう言う人も多いだろう。この頃、やっとブルガリアに慣れてきていた。出国を間近に控え、線路内に生える草、朽ち果ててゆく建造物、無口な人々…、最初は違和感を覚えたけど、今となっては、最も自然な人と地球の営みじゃないだろうかと思えてきた。ブルガリアを掴みかけた頃、自らの足でブルガリアを立ち去ることに、寂しさを感じていた。また来るよ。この美しく自然な国へ、また。

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