アムリトサル(インド)の写真 シーク教の聖地「黄金寺院(ゴールデン・テンプル)」などの写真
HOME > 訪問した街の写真 > インドの写真 > アムリトサルの写真/インドの写真と旅行記の「sawadee!!kikou」

シーク教の聖地「黄金寺院」の写真、インドのアムリトサルの写真

熱心な信者に支えられている黄金色に輝く町

黄金寺院の入り口の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

シーク教徒の聖地、黄金寺院

シーク教の聖地、アムリトサルの黄金寺院にやってきた。名前のとおり金色に輝いているのだろうか。正面の門はレンガ造り。人の波が入り口に吸い込まれてゆく。

金色に輝く黄金寺院の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

金色に輝く黄金寺院

ゲートをくぐり中に入るとすぐに景色が開けた。黄金寺院は確かに金色に輝いていた。ここアムリトサルは世界に散らばるシーク教徒の聖地として、歴史を積み重ねている。

清める男の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

大きな泉で身を清める男

聖地の泉で身を清めたい。そのような人のために、泉は全面開放されている。泳げない人のために鎖が陸上から垂らされていて、大きな男たちがその鎖にぶらさがっていた。

身を清める男たちの写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

裸の付き合いはアムリトサルでも

「おい、おまえはどこから来たんだ?」。明らかに他人同士の男たちだったが、聖地の泉で同じ行動をする心の友と笑顔で会話をするシーク教徒たち。心の中に晴れ間が広がる。

黄金寺院の大理石彫刻の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

大理石に施された彫刻に

大理石でできた壁に、文字がたくさん彫刻されていた。前を通る信者の中には、立ち止まる者もいれば、素通りする者もいる。縁取りのてっぺんには、赤い花のイラストが描かれていた。

黄金寺院で出会った子どもたちの写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

聖地巡礼の日

子どもたちにとっても聖地での日々は格別。おめかしして、色とりどりの布を頭に巻いて、黄金寺院を拝む。今日はとっても特別な日。

金色に輝く黄金寺院の横側の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

威風堂々の黄金色

黄金寺院の横までやってきた。恐ろしいほどに金色で、まったく名前負けしていない。ここを目指してシーク教徒は生きているのかと思うと、妙に納得させられる。

水浴びをする男性の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

お気に入りの場所を見つけて

黄金寺院の周囲には、かなり広い堀があるのだが、信者は思い思いの場所で身を清める。水を体に何度も何度も浴びせながら、黄金寺院の中を見渡し、寺院に向かって拝む。

黄金寺院の中心への通路の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

中心への道のり

午後3時。寺院の中央へと通じる橋には、たくさんの信者が殺到している。金色の門を超え、橋を渡り、中に入るまで小一時間は並ばなくてはならない。

黄金寺院のプレートの写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

黄金寺院のプレート

聖地を証明するプレート。黄金寺院のプレートだけに、すべてが黄金色に輝いている。このプレートに向かって拝む信者もいた。

黄金寺院の礼拝の様子の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

礼拝を促す声に

突然、スピーカーから音楽と男性の声が聞こえた。人々のざわめきは瞬時にして静まり返り、拡声器から流れてくる声に従って礼拝をし始めるのだった。

お婆さんの祈りの写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

一生をかけて紡ぐ祈り

祈りの時間、お婆さんは静かに手を合わせて、おそらくいつもどおりに口をごにょごにょと動かし、祈りの言葉を空に紡ぎ出していた。美しい美しい祈りだった。

祈りを捧げるシーク教の信者たちの写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

静寂が包み込む思いの束

見渡すと、おじさんも、お兄さんも、お姉さんも、子どもたちも、みんなが祈りを捧げていた。人々の想いが、いま聖地を包み込む。

祈る人々の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

祈りの空間に参加する

大理石の白い床の上に、その兄弟は立っていた。いつも家で祈っているとおりに、今日は聖地の中心に向かって拝む。

シーク教信者の礼拝の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

シーク教徒の一期一会

何度も何度も深々と拝み、祈りを言霊にしていたお兄さん。その目に寺院はどれだけ深く映り込んでいることだろう。目に焼き付け、脳裏に刻み、聖地を体いっぱいに吸収して故郷へ帰るのだろうか。

ピザ屋の看板の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

スターが宣伝するピザ屋

街へ出ると、アクションムービースターのワンシーンを切り抜いた看板を掲げたピザ屋があった。日本人には影響はないが、インド人にとっては効果てきめんのようだ。

昼寝するお爺さんとお婆さんの写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

午後の芝生は気持ちよい

アムリトサルの人たちも、他のインド人と同様に気ままに生きている。子どもたちはカメラを見つけて整列し、その後ろのお爺ちゃんとお婆ちゃんは昼寝する。

サンダル屋の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

仕事が多いサンダル屋

聖地に必要なものは、宿屋、レストラン、そしてサンダル屋。歩きまわる人が多いため、壊れたサンダルを修理するために必要なのだ。

黄金寺院の食器の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

巡礼者への施し

黄金寺院の中では、巡礼のサポートとして、ご飯がタダでふるまわれている。よその国から来た他宗教の旅人にも振る舞われているのだ。

黄金寺院の食堂の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

食事を共に

食堂で、信者たちは一列になって食事を取る。配給制のように、まずは食器を取り、ご飯をよそってもらい、カレーなり豆スープなりを入れてもらう。ただただ静かに食事をする。

黄金寺院の巡礼者の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

美しさと偉大さに心を奪われる

昼食後に、もう一度、黄金寺院を訪れてみた。一度目は黄金に輝く寺院に目を奪われたが、今度は二回目ということで訪れる人を見ていた。やはりみんな見上げながら感嘆のため息をつくのだった。

黄金寺院を眺める信者の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

いま一度、そしてずっと

ただただ黄金寺院を眺めている人もいた。人生という長い時間の中で、いま間違いなく至福の時を迎えているのだろう。

巡礼者一家の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

記念の一枚を撮って!

家族で訪れている巡礼者はとても多かった。記念に一枚撮ってと言われ、デジカメで撮影する。画像を見せて喜んでもらう。本当は、この写真をあげたいのだが、彼らは笑顔で去って行くのだった。

巡礼に訪れた一家の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

夢を叶えて

「どこから来たの?」と尋ねると、返ってきた答えは知らない地名だった。どうやらヒマーチャル・プラデッシュ州の小さな村からやってきたようで、自分は何度も来ているが、どうしても子どもたちを連れてきたかったとのこと。おじさんの祈りが通じて夢が叶ったのだという。

夜の黄金寺院の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

夜闇に浮かぶ黄金寺院

黄金寺院は夜も開いているという。もちろん、訪問してみた。昼とは違い、暗闇に浮かび上がる黄金の聖地。神秘性は格段に増している。

夜の黄金寺院の巡礼の様子の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

読経と水のゆらめき

雑音が少ない夜は、寺院の中の祈りが外にまで漏れて聞こえる。水の揺らめきと読経のリズムが調和し、不思議な感覚に襲われた。寺院は静かに黄金色に輝き続けていた。

寺院に向かう行列の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

今夜もできるだけ中心部へ

寝る前にもう一度、聖地の中心部へ。赤い絨毯の薄暗い大理石の吹き抜け空間の中で何人もの聖職者がずっと読経を繰り返している中心部へ、みなが向かう。

黄金寺院の屋上の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

星空へ昇ってゆく祈り

黄金寺院の屋上へと出てみた。髭を蓄え、ターバンをかぶったお爺さんが、壁際で祈りの言葉を唱えている。星空に見守られたいつものアムリトサル。

黄金寺院の早朝の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

聖地に日はまた昇る

明けて朝、再び訪れてみると、朝から行水をしている信者がいた。日はこれから昇る。今日も何千人もの信者を飲み込む黄金寺院が朝焼けに浮かび上がってきた。

警備員の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

日の出と警備員

警備員が寺院の安全を見守っている中、日の出の時間が近づいてきた。夜通し、彼は堀のほとりを警備し続けていたのだ。

黄金寺院の日の出と行水する信者の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

すべての始まりは朝の行水から

太陽のかけらが見えるまであれほど長いのに、一部でも見えるとあっという間に姿を現す太陽。どこからともなく信者がやって来て、行水を始めた。

身を清める男たちの写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

アムリトサルの包容力

3月は寺院の外回廊の建物の隙間から日が昇る。日の出をのんびりと眺めるシーク教徒も多く、その中に溶け込む存在となれることは、アムリトサルの人たちに感謝すべき快感だった。

黄金寺院の早朝の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

そしてまた聖地の1日は始まった

朝の厳かな空気の中、おしゃべりするおばさんたち。その奥には、寺院の中心部を目指す信者たちが集まり始めていた。信じる者たちに早朝も夜遅くもない。「いまだ」と思ったら、感じたままに導かれるのみ。

アムリトサルのパキスタン国境行きバス乗り場の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

ガラリとしたバス乗り場

聖地の1日を体験できた僕は、隣の国のパキスタンを目指すことにした。ヒンディー教のインドの中にある都市、シーク教の聖地アムリトサルからイスラム教のラホールを目指す。出掛ける人はほとんどいないようだ。

アムリトサルのバス乗り場にあった屋台の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

バス乗り場の朝ご飯

腹ごしらえをしていかないか、と誘われる。大量の豆ご飯が温められていた。1皿買ってバスを待つ。ここから東、シーク教徒はほとんどいない。一期一会の会話を楽しむ。

パキスタン国境行きバスの写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

パキスタン行きの人数

国境のある街までバスに乗った。客席にはインド人もパキスタン人も座っていない。ガラガラなのに使い込まれたボロボロのバスがガタガタと揺れながら走る。

パキスタン国境までの道の写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

パキスタンへと伸びる道

バスを降りたら、パキスタン国境まで道が真っすぐの一本道が伸びていた。3月の南アジアはすでに暑い。色とりどりの花が木々を彩っていた。

パキスタン国境まで乗車した人力リクシャの写真、インドのシーク教の聖地アムリトサルの写真

インド最後の移動

インド最後の移動は、人力のリクシャにて。国境までの数キロをこいでもらう。真っすぐで平坦な道はリクシャワーラーにとって得意な道のひとつ。ひとこぎごとにパキスタンが近づく。