冬のラダックの写真。冬季のレーで開催される祭り、ドスモチェの写真。
HOME > 訪問した街の写真 > インドの写真 > ラダック レーのドスモチェの写真/インドの写真と旅行記の「sawadee!!kikou」

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

人々の信じる心がレーの町に集う特別な日

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

寒空の中の集会

気温が上がってきたとはいえ、曇りの日は、まだまだ寒い2月のレー。大切な説法を心の中に入れるため、人々は町の中の寺に集まっていた。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

自由とは

お寺は普段から子どもたちの遊び場。大人たちが真剣な表情で座っているのとは対照的に、子どもたちは鬼ごっこをしていた。だが、彼ら彼女らにも、あちらに座る日は確実にやってくるのだ。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

待つ

読経の声が聞こえてくるまで、ただじっと待つ。多くの人がマニ車を廻してお経を唱えていた。

レーのドスモチェと王宮の写真/インド、冬のラダックの写真

思いのかたまり

王宮は、何度この光景を目にしてきたのだろう。変わることのない信仰心のかたまりのような強さが場内に満ちていた。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

読経の時

ほどなくして、お経が聞こえていた。みんな真剣に耳を傾ける。祈る。念が集い、天に昇る。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

一体化の構図

ある者は前を向き、ある者は瞑想にふけり、ある者は無に帰す。

レーのドスモチェと王宮の写真/インド、冬のラダックの写真

アクシャ・マーラー

お経を唱える度に、ひとつひとつ数珠を爪繰っていく。もう身に染みている動作だ。

レーのドスモチェと王宮の写真/インド、冬のラダックの写真

概念

子どもたちが自由に走り回る。「お坊さんに近付いてみよう」。ただ、それだけなのかもしれない。だが、それが正しいとも、間違えているとも、誰も考えていない。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

その一方で

相変わらず、おじさん、おばさん、お爺さん、お婆さんは読経に聞き入っている。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

犬も人も

飼い犬も飼い主に習って、お坊さんを見つめていた。仏教は、生命体に寛容だからかもしれない。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

思わぬ合奏

ふいに、カラカラと乾いた音がした。音がした方へ行ってみると、子どもがマニ車を回していた。読経の湿度感と、マニ車の乾燥感が、不思議な音列を奏でていた。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

発想のチカラ

やはり、子どもたちは遊ぶ。物質的な遊び道具なんてないのだが、木に自由に腰掛けたり、段差を利用して遊んでいた。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

静と動

人が思い描く魂と自然現象との融合という小さな宇宙の集合体がゴンパの中に展開されているのだ。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

嵐のような襲来

満足して外に出ようとしたら、それを許さない子どもたちが襲来。ジャパニのお兄さん写真撮ってよ。撮らないと通してあげないよ!この世は一筋縄ではいかないのだ。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

特製のラー油を見つめながら

子どもたちが満足するまでお付き合いして、いつものレストランへ行くと、ロブサーンがご当地ラー油を作っていた。これこれ、これがないと味が締まらないのです。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

人参を切りながら

そりゃ、みんなカメラは珍しいと思うよ。ちょっと前の自分たちとか、変な顔した記録が残るってスペシャルなことだよ!ロブサーンは日本人旅行者の素朴な疑問に、テントゥク用の人参を切りながら答えてくれた。この切り方は、めでたいときのデコレーションでやっているんだ、と鼻高々。

レーのドスモチェと王宮の写真/インド、冬のラダックの写真

マスターの独り言

あと小一時間かなぁ。ロブサーンが特製のご当地ラー油を作りながら独り言をつぶやいた。

レーのドスモチェと王宮の写真/インド、冬のラダックの写真

あ!写真撮ってもらおうよ

今はランチタイムとディナータイムの間の休み時間。レストランの屋上に上ると、若いスタッフたちが遊んでいた。「写真撮って撮って!」。歴史は繰り返す。そして、また少年たち専属のカメラマンとなるのだった。

レーのドスモチェと王宮の写真/インド、冬のラダックの写真

ブラ〜ン

写真のためなら、どんなことでもやっちゃうよ〜。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

真っ赤な味の決め手

撮影タイムを終えてレストランの厨房へ降りたら、もう特製ラー油ができあがっていた。明日からこのラー油でいろんな物を食べるんだなぁ。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

インドの田舎の一例

ロブサーンと近くのレストランで早めの夕ご飯を食べた。どうやら自分の作る賄いばかりでは飽きてくるので、たまに外食するのだという。あのレストランの若い子たちは、一人はネパールで一人はビハールから来ているんだ。おれもマイソール経由のアムド出身だけどな。そう言って、ロブサーンは笑った。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

人と出店の山

しこたまロブサーンと青年スタッフと粗悪な酒を飲んで次の日、町は一変していた。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

出店は祭

蚤の市、ガラクタ市、いろんな言い方はあるが、ラダックの人たちの様子がいつもと違う!

レーのドスモチェと王宮の写真/インド、冬のラダックの写真

非日常の風景

いつもはおっちゃん達がナンを焼いている小屋も、なぜだか女たちがソワソワと働いていた。そして、いつものおっちゃんはいない。

レーのドスモチェと王宮の写真/インド、冬のラダックの写真

見たこともない人出

人がたくさん岩山に張り付いていた。王宮で何かが行われているようだ。

レーのドスモチェと王宮の写真/インド、冬のラダックの写真

王宮への道

どうやら遅い出発だったのか、登る人はチラホラとしかいない。何やら上から音が聞こえて来た。

レーのドスモチェと王宮の写真/インド、冬のラダックの写真

生まれ育ち

やっとの思いで登りきった。お母さんは子どもをおぶっての登り道。大変だなぁと思ったけれども、息切れなどは一切しておらず、住み慣れた気候風土が身に染みていることが伺えた。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

寒さをはねのけて

もう人はいっぱい。熱気に包まれた中、シャーン、シャーンと音が響き渡った。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

仮面舞踏inレー

ぎゅうぎゅうには違いなかったけれども、意外と通路は細く確保されていた。そこを伝ってよく見える場所まで移動した。レーの仮面舞踏だ。

レーのドスモチェと王宮の写真/インド、冬のラダックの写真

よく見えるわい

こんな小さな場所にもたくさんの人が。しっかりと今年の仮面舞踏を目に焼き付ける。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

う〜んよく見えるなぁ

煩悩を断ち切ろうとしていても、お坊さんも人の子。よく見えるこの席がお気に入りのようだ。

レー王宮の写真/インド、冬のラダックの写真

誘われるように

まだ仮面舞踏は途中だったのだが、ふと王宮の中はどうなっているのだろう?と思い、中へ入ってみた。

レーの王宮の写真/インド、冬のラダックの写真

信心と自由

誰もいないかと思ったら、拝む人がたくさんいて、けっこう自由だなぁと面食らってしまった。

レーの王宮の写真/インド、冬のラダックの写真

自由と行動と信心

溢れるほどの信心があるから、その思いに突き動かされる行動はすべて許されるのだろう。ルールでガチガチの社会では理解できない包容力。

レーの王宮の写真/インド、冬のラダックの写真

仏画の彩度

その様子を見守っていたのが仏画。薄暗いことが多い空間だけれども、目に鮮やかな色合いがちょうど良い彩度になって飛び込んでくる。

レーの王宮の写真/インド、冬のラダックの写真

一人だけの空間

とはいえ、いつもより人が明らかに少ない時間帯も確かにあった。祭の音を聞きながら僕も仏と向かい合う。

レーの王宮の写真/インド、冬のラダックの写真

音を追いかけて

さらに標高が高いところにゴンパがある。祭の音が上空に溶けて行くのを追うように、そのゴンパへ行ってみることにした。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

静かな無の空間へ

こちらにはあまり参拝者はいなかった。仏像と一人で向き合うこととなった。やさしい目線が心の中にまで入り込んでくる。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

新しい発見

仏像の足下には真新しいカタが掛けられていた。それにしても仏像の爪の色はこんななんだ…と初めて知って素直に驚いた。人生、知らないことの連続なのだ。

レーのドスモチェと王宮の写真/インド、冬のラダックの写真

鏡のような

そしてまた、壁の仏画がこちらを見ていた。監視とは違う見守る目。「爪の色はこんななのか」と思った、そのとき、その場所の自分自身が跳ね返って来ただけだった。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

生命体の讃歌

仏像の近くには、新しい油が満たされたランプが輝いていた。光の揺れはこの世のあり方。そのとき、世界の無情とは真逆に、美しいと思えた。

レーの千手観音像の写真/インド、冬のラダックの写真

宇宙の輪

少し歩くと千手観音像と出会った。ミーハーかもしれないけれども、とても存在感があり、毎回見る度に、細部まで見とれてしまう。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

空に

お坊さんが今まで座っていたのだろうか。温かみを感じる空間に一礼した。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

雰囲気

お坊さんが座っていたと思える場所を見てみると、仏具がそのまま置き去りにされていた。手に取って見たかったが、そんな煩悩を祓うかのようなオーラが発せられていた。もちろん、眺めるだけにしておいた。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

人気店の宿命

山を下りて、ロブサーンのレストランの下に人気のモモ専門店がある。ちょっと覗いてみると、「今日はもう三回目」と、新しい皮を必死に作っていた。

レーのドスモチェと王宮の写真/インド、冬のラダックの写真

俗世間の賑わい

メインストリートに出てみると、この町にはこんなに人がいたのか?と思えるほどの人出で、なんだか楽しくなって来た。。

レーのドスモチェと王宮の写真/インド、冬のラダックの写真

人、人、人

昨日、ロブサーンと来たレストランに登って、一体どれくらいの人がいるのか確かめてみた。なんと、こんな人混みになっているとは!

レーのドスモチェと王宮の写真/インド、冬のラダックの写真

人は集って生きている

通りに出て、祭りを楽しんでみた。子どものお坊さんも、今日はいろいろ許されているのか、いろんな人混みに首を突っ込んでは笑い転げている。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

許されている日

出店の中には、普段は御法度の当て物やギャンブル店も数多く出店している。お祭りの期間中、男たちはお参りした後は自由。大酒を飲みながら、サイコロ賭博やトランプ賭博に興じる。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

女と子どもの運試し

とはいっても、女や子どもはトランプ賭博もサイコロ賭博も、大人の男の世界で手が出せない。そこで出てくるのが数字クジ。運が良いと人気のヒンディーポップミュージシャンのCDや雑貨が当たるのだ。

レーのドスモチェと王宮の写真/インド、冬のラダックの写真

両極が対等する日

日本では宝くじでお馴染みのルーレット型ダーツも発見。今日は、お参りすれば自由な素晴らしい日。聖俗入り交じった特別な日が、このドスモチェではないかとすら思える。

レーのドスモチェの写真/インド、冬のラダックの写真

特別な日の夕刻

夕方、鉄火場に負けた人のトランプが地面に打ち捨てられていた。それぞれのドスモチェは今夜で終了。明日から普通の暮らしに戻る。また、来年。