ルーマニアのブラショフ近郊にあるブラン城(ドラキュラ城)の写真
HOME > 訪問した街の写真 > ルーマニアの写真 > ドラキュラ城(ブラン城)の写真/ルーマニアの写真と旅行記の「sawadee!!kikou」

ブラショフ近郊のブラン城(ドラキュラ城)の写真/ルーマニア

ドラキュラ伝説に近付いてみる

ブラショフからブラン城のローカルバスの写真(ルーマニアの写真)

郊外へ向かうバス

ルーマニアのバスは、田舎に行くほど古く味があるものになる。

ブラン城のお土産物屋の写真(ルーマニアの写真)

バスが着いて

真っ先に出迎えてくれたのは、ドラキュラショップだった。

ドラキュラ・ブラッド・ワイン写真(ルーマニアの写真)

名産品か

有名なドラキュラ伝説にあやかって作っちゃった「ドラキュラ・ブラッド・ワイン」。もちろん、赤ばかりだった。

ブラン城の写真(ルーマニアの写真)

ドラキュラ城の中は

中に入ってみると、真っ白な壁。きれいな家具。リフォームされたかのような真新しさ。

ブラン城の写真(ルーマニアの写真)

どこのセットだ…

どこかの別荘の一室と見間違えそうなくらい、小ぎれいである。

ブラン城の写真(ルーマニアの写真)

はく製

せめて、その鹿のはく製は当時のものなのだろうか。

ブラン城の写真(ルーマニアの写真)

ドラキュラとは

ドラキュラ伝説は、トルコ人から見ると恐ろしい領主の物語。ワラキア公国の民からすると、たのもしい王の話なのである。

ブラン城の内部の写真(ルーマニアの写真)

話の根本は

ワラキア公国の王、ブラドツェペェシュは、敵国であるトルコの兵士を串刺しにして前哨戦に置いた。「これ以上攻めて来ると、おまえらもこうなるぞ」という意味である。その話が飛躍し、現代のドラキュラ伝説となったという。

ブラショフからブラン城のローカルバスの写真(ルーマニアの写真)

革命を挟んでの修復

実は、この城は1948年に共産主義政権のものとなり、ルーマニアの国の財産に組み入れられた。その後、1987年に現在の姿となる修復が始まり、1993年に修復を終えたという。

ブラン城の井戸の写真(ルーマニアの写真)

城中の井戸

城の中には井戸があった。井戸自体は古いものかもしれないが、周辺の装飾は新しい。

ブラン城の写真(ルーマニアの写真)

歴史の証

チャウシェスクに財が集まる仕組みだったルーマニア。体制崩壊前には物資が不足していたという。杜撰な工事の奥に当時の石積みを発見した。

ブラン城のお土産物屋の写真(ルーマニアの写真)

お土産屋

城の前にはお土産屋さんが軒を連ねていた。中でもドラキュラTシャツにチカラを入れているらしく多種多様なデザインが見受けられる。

ブラン城の外観の写真(ルーマニアの写真)

領主の住処

城を遠くから眺めていた。ルーマニアを守った王様はあの城にいたのだ。