神田大明神
夜の東京をぶらり。

と言っても、繁華街ではなく、
人の少ない湯島界隈をぐるりと徘徊。

秋葉原方面から坂を上っていくと
突然、神田大明神が現れなすった。
なんと太っ腹なことに、
夜も更けているにも関わらず門は開いている模様。
引き込まれるように中に入っていった。


この日は、夕方〜21時くらいまで雨。
その後、晴れの予想。

神田大明神に着いたのは22時くらいだったか。
どんどん雲が流れ去り、
都会特有の星座が分からない夜空が上空を覆う。


雲がひとつ、ふたつ、みっつ…
もの凄いスピードで駆けてゆく。
時間が止まったかのような
「静」を物語る夜の神社。
風雲急を告げるかのように
「動」を見せつける雲たち。

思わず楽しくなって持っていたカメラで写真を撮影してみた。
(クリックで拡大します)
_5173161.jpg
オリンパスE-3 レンズ:14-54mm f2.8-3.5

カシャッと音がして出てきたのが上の一枚。
静かな夜の東京も、なかなかのもんです。
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<スリランカ>大統領「勝利宣言」内戦25年終結へ
スリランカには一度だけ立ち寄ったことがある。
あれは2000年3月初旬のことだった。

3月にも関わらず緯度の低い南方アジアは暑さの盛りで、
特にスリランカは四方を海に囲まれて湿度が高いため
ちょっとそこの商店まで歩こうものなら
ぶわっと汗が噴き出すほどの蒸し暑さだった。

当時、スリランカ内線の影響は
ちっぽけな旅行者の私ですら大きく
あれこれ道中思案することが多かった。

まず、インドからスリランカに行く時に
安い移動方法は飛行機よりも船だと聞いていたが
LTTEが武器輸送に使っていたことから、
航路が廃止され飛行機で行くことになった。

コロンボに着いたら着いたで検問の山。
宿から駅までの間に検問が3か所はあった。

駅にはゴミ箱とトイレがなかった。
いや、あるにはあるのだが、すべてつっかえ棒やら封がされていて
空洞という空洞は封印されていたのだ。

ちなみにコロンボの宿から駅までの道では
私がコロンボからインド方面へ飛んだ翌日に
ビルのワンフロアが大規模爆破され、
大きな穴が開いていた。もちろん、その下を歩いているだけで
瓦礫で重傷、打ち所が悪ければ死んでしまう。

当時、スリランカでは旅行できるエリアも限られていた。
東部から北部にかけて1/3ぐらいのエリアには立ち入ることも許されていなかったのだ。

まだある。
友人がスリランカに行っている時に、空港で飛行機が爆破された。
あれはかなり心配した。

などなど10日しかいなかった旅行者でも、
LTTEと政府軍の戦いが常に身近にあった。

LTTE(タミールイスラムの虎)と政府軍の戦い、
どちらが悪いという視点では片付けられない。
ましてや当事者でもなければスリランカ国民でない私には
この長い戦いの歴史に「どちらが悪い」と言えるわけがない。
でも「戦い」ってやつが悪いんじゃないのか、とは言える。
漁村にいる人々、農村にいる人々、
都市にいる人々、観光地にいる人々…。
出会った人はみんなその日その日を懸命に生きていた。
そんな普通のスリランカ国民たちが安心できる日がやって来たのは
なんだかとても嬉しい。
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