備蓄をゆるやかに
さて、まだまだ物資が足りない所もあるけれども、
基本的に必要最低限の物資が行き渡ってきたとのことで、
ちょっと前から気になっていたことを。

そろそろ、備蓄を始めませんか。

水とかはお子さんがいる家庭優先、
被災地が足りない!と言ってるものは被災地優先として
在庫がほぼ元通りに戻ったジャンルからです。

今日、スーパーに行ったら、お菓子はありましたし、
カップ麺もたくさんありました。
まずはこの辺りから備蓄するのはどうだろうと。

備蓄を推奨する目的はふたつあります。

ひとつは、待ったなしの地震が目の前にあるから。
今後30年の間に震度6以上を喰らう確率ってのが発表されています。
http://www.jishin.go.jp/main/chousa/07_yosokuchizu/img/f1-1-1.jpg
これは2007年版ですが、この時点で
宮城県沖と東海地震は90%を超えていました。
冷静に、今後30年の間に、乗っている飛行機が落ちる確率や
交通事故に遭う確率、大病を患う確率なんかと比較してみると、
地震って、やっぱりぶっ飛んで高い確率で今後の人生を脅かすものです。
自分を守るのは、まず自分。
そういう観点から、余ってる商品ジャンルから
備蓄していこうよ、というわけです。

これまで、地震災害に備えるには、3日の備蓄が必要とされてきました。
確かに、阪神淡路や中越クラスでも、局所的な災害であれば
3日後に物資がある程度入る仕組みはできつつあります。
でも、今回の災害を見せられてしまうと、
本当に3日でええんかと。

また、現在は、
日本の食の一端を担ってきた東北と北関東が危機的状況です。
そこにもう一個災害が来たら…と考えると、
5日〜7日はあってもよいのかと思います。
とりあえず、ウチは5日分が目安でしょうか。
備蓄しておいて自分のところに来なければ、
物資としてあげたらいいし。


そして、もうひとつの備蓄すべき概念は
ずばり「消費」です。
生活用品同様、生きるのに必要なものを買うわけですから
ムダなオカネのかけ方ではありません。

みんなが3〜7日分の備蓄を(ゆるやかに)開始したら、
日本経済の底支えに絶対になります。
できれば、日本産の度合いが高いものほど貢献度大。
さらに商品が出てきてかつ安全と各自判断できたら、
今回の被災地・風評被害地のものを優先すると、尚◎です。

世界の人たちは、大変ありがたいことに
寄付もしてくれますし、エールを送ってくれます。
でも、今後、日本製というだけで、
購買意欲が上がるわけないのは火を見るより明らかです。
***以下、自己懺悔
チェルノブイリ以降、ヨーロッパ産を買いにくい時期がありました。
雨が降ったら、禿げると当時ウワサしました。
イタリアのチーズで放射能が出た!!!と聞くと、
北部のパルマ産も、中南部のナポリ産も同じ印象でした。
幼かったとはいえ、他国の詳しい地名なんて分かりません。
国というものが報道で前面に出る以上、多くの人は
国単位でモノゴトを見るし、見られるのだなぁと。
*****

つまり、これまでと同様の外需は期待できません。
内需で支えなきゃならない。
だから、まず、絶対に必要なものから
消費を上げていこう!ってわけです。

よし、次に商品が余り始めたらだけど、
ウチはどこのか分からん懐中電灯を
国産に買い替えてみよう。


てことで、できることから、コツコツやっていきましょう!
という日記でした。
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相馬と新地町
のんびりとした風情を残す相馬と新地町。
ベッドタウン半分、一次産業半分のエリアで、
仙台に通う人もいれば、原町の火力発電所などに通う人もいる。
もちろん新地発電所に通う人も多い。
農地が広がり、漁港では名産品のつぼ鯛が串に刺されて焼かれている。
言ってみれば、普通の地方都市だった。

PB144423.jpg
▲2007年撮影 相馬原釜漁協

若い人の興味をガンガン魅ける場所ではないのは確かだが、
豊かな自然を近くに感じながらも、
ただただ普通の日本人として暮らしてきた地域だ。

PB144226.jpg
▲2007年 相馬バイパスより西を見る

2008年、ここで相馬バイパスの開通式典と
植樹祭があり、その撮影に行った。
近くの小学生たちが、一生懸命、木を植えた。

「お兄ちゃん、この木、どれくらい経ったら大きくなるの?」
「そやなぁ、5年でもそこそこの大きさになるで。
 大きくなるの見るんはおもろいもんやで」
そう聞くと、その子は、しゃがんで
いま植えた木の根本を、うんせ、うんせとさらに押し固めた。
がんばって育つんだぞ、という風に。


長い長い「当たり前」を取り戻すまでの道。
ほんと何もできなくて、微力ですらないかもしれないけど、
一度でも訪れ、その町の人と会話した場所には
やはり思い入れもあるから一助になりたい。

PB144346.jpg
▲2007年 壊滅的被害を受けた常磐線(駒ケ嶺 付近)

被害の様子は確かに真実である。
でも、住んでいた人にとっては、
新しい暮らしが回転し始めるまでは
津波前の景色こそ、真実の風景だ。
神戸市出身の私は、いまになっても、
「神戸市長田区 震災前の写真」と検索する時もある。
だからこそ、あえて津波前の風景をアップした。

何度か訪れた身として、福島県相馬市と新地町にエールを送る。
フレー!フレー!相馬!
フレー!フレー!新地町!


【後日、追記↓】
調べ物をしていたら相馬の松川浦の津波が時事通信で報じられていた。
言葉が出ない…。
どうか、みなさんご無事で。
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