ついには私も「写真を撮影している外国人」として撮影され始めた。これは、ひとつの余裕・ゆとりではないだろうか。
記念撮影
北京 国慶節
中国/2009年
1998年に始めて中国を旅した。場所は上海と雲南省。それから、ことあるごとに中国に足を運んでいるが、1998年当時は超高級品だったカメラが、ここ1年〜2年で大きく普及していることを感じた。
2007年5月に出されたとある日系経済誌のレポートによると、「パソコンとデジカメの普及率は低く、今後も、中国は大きな市場になることは間違いない」と記されていたが、実際に2007年に中国を訪れた時には、それほどカメラを持つ人と出会わなかった。さらにその日系経済誌レポートは、「100世帯当たり都市部で約40台、農村部では2台という普及率。農村部は事実上普及していないに等しく、都市部も日本と比べて普及しているとは言えない」と書いている。それから2年後の北京。とても、レポートが記しているように「これから」というようには見えなかった。誰でもカメラを持っているように感じた。
2007年当時、日系カメラメーカー各社は中国へ目を向け、実際に行動も取っていた。その頃のコメントでは、「中国でのデジカメ販売台数は900万台程度。すでに700万台規模の日本を上回ったが、この販売台数でも普及率はまだ1桁にも達していない」と、かなり強気の姿勢で販売戦略に取組んでいたという。
日系カメラメーカーの強気の姿勢は、潜在市場規模と普及率の関係という視点もあるが、中国国内でイベントが目白押しだったことも挙げられる。北京オリンピックを筆頭に、建国60周年、上海万博。年々、積み重ねている経済成長を追い風に、市場が爆発的に成長する要素が揃っていたのだ。
特に北京では、五輪と国慶節というふたつのイベントがあったため、爆発的に普及率が伸びたという。1年前の2008年10月26日、中国電子商会消費電子製品調査弁公室が発表した「2008年上半期国内デジタルカメラの消費及びニーズ情況」によると、北京市内の各家庭におけるデジタルカメラの普及率は68%と飛躍的に上昇。今年、米国で発表されたアメリカ国内のデジカメ普及率が77%ということから考えると、ほぼ欧米諸国並になっている。この2007年から2008年の1年で、中国国内でのカメラを取り巻く状況は大きく変化した。
日本では携帯電話の高機能化が進み、コンパクトデジカメを持たずに携帯電話だけで済ませる人も多いが、海外では「カメラをほしい人は、カメラを買う」ことが当たり前。ほしいほしいに支えられ、爆発的に伸ばしてきた日系カメラの販売台数。だが、今年になってこの風潮が崩れてきたという。なんと、中国国内でのカメラ販売台数が初めてマイナス成長になったというのだ。中国の都市部で憧れだったカメラ。ついにその需要は一巡し、買い替えユーザーが目立つようになってきている。
都市部では創世記、成長期を数年で駆け抜け、すでに成熟期に入りつつある中国のカメラ市場。ユーザーも、創世記の使い方ではなくなってきたことを、今回の北京滞在で実感した。これまで一般中国人の主なカメラ撮影手法は、記念撮影だった。観光地に行って、ガイドブックと似た写真を撮影する。過剰なポーズをとって記念撮影する。そのような使い方がほとんどだったのだが、ついに、他人を撮影する風潮が出てきたのだ。
国慶節の翌日、私は自転車を借りて写真を撮影していた。天安門広場で記念撮影する中国人たちを撮影していた時、何か見られている気がしてその方向を見た。なんと、私を撮影しているではないか。写真撮影において、自分に関わるもの以外を撮影するということは、かなり初歩的なことではあるものの「他者への興味」や「美的センスの追求」が芽生えていることを意味する。
すべて横並びであるべき過去を持ち、荒波の市場経済導入を経験してきた中国の国民。その先端を行く北京市民は、ついにほんの一部ではあるものの横並びの記念写真撮影から脱しようとしている。「おもしろい」ことを見つけ、追求する意識を持つことは、「知ろう」とする行動へのキッカケになる可能性がある。単に有名な写真家か誰かの真似をしただけかもしれないが、「他人を撮る」という行動は、中国という国ではそれほど新しい行動なのだ。

『人工降雨』を読む
「玉子待ち」を読む
前のページ へ